2008/10/22

なんか消化不良。

少々食い違いがあって、親分と少々ケンカ。
なんだかハッキリとしない私の立場にもイライラは募りまくり、
「え、こんだけ人いるんだから、私は必要ないんじゃないですか」
みたいなことを言って、自分の必要性を確認しようとするあたり、
とってもコドモ染みている。(いつものことだ)

プルーフ(なんで通販ではカンプと言わないんだろう)の訂正は終了、
なんとか自分らのやりたい方向に、応急処置的に持ってった。
そこで出番のなかったメタボな先輩が、
なんだかいきなり夏号にやる気を見せていて、
ほんで勝手に布陣を決めてしまったもんだから怒っている。
本当は現状の問題点を洗い出して先にフローを軌道修正したかったのに、
その話はおざなりにされてしまった。
方法やその新しい人たちがどうかかわるのかとかを決めてないまま、
ゴーサイン出してしまうって、どうよ。
今日は大阪にて次号のプレ取材に向けてのラフ打ち合わせ。
ラフ打ち合わせで「今までこんなカタログ作ってきました」と
自信たっぷりに見せられたものも、
つい親分と顔を見合せて「う~ん」と。
ホントに大丈夫?、と思うし、
(先輩が「今回よりは絶対いい」と言えば言うほどどっか不安だ)
ともかく、ここまでやってきたのに
私の知らんところで動いてしまっているから気に入らない。
なんだったら今日打ち合わせするのも、
提案の絵を作るのが彼らだと知ったのも、
昨日、プルーフ修正をしている深夜だった。
「せめて先に言ってくれればよかったのに」から始まって、
今作ってる号での中途半端なかかわり方への不満を持ち出し、
(もちろん、その動き方への理解も伝えたけど)
冒頭のセリフとなる。
例えるなら、着るごとに袖口が変わっていくような感じ?
動きにくくって仕方ないね。
ま、とりあえずは静観、うまくいけばそれでいいし、
うまくいかないならケツ拭く方法もあるってわかったし。

親分の返答は、「できるだけ何もしなくていいように、
懐を深く持っておかなきゃだめ」と。
自分が動けばスタッフが動かなくなるし、
手札を見せればクライアントに懐の浅さが測られる。
クライアントには手札の量を見せておくことが安心感につながるし、
スタッフにはやるべき仕事をやってもらわないと。
今の動き方については根回しも含め、
かなり突発的な先輩の動きだけれど(つーか、自分の趣味やんか)、
ともかく、ある材料からディレクションをしていかなければ、と。
ついでに「飲ましときゃ、こいつはいけるってのはそろそろ卒業しなさい」
と言われてしまいました。(これはホンマにそうだ)

たとえば、ミーツにいたときなんかは、
デザイナーさんやカメラマン、ライターさんに
これほどの不安や不満を思ったことはない。
むしろ自分だけのフィルタを通して、自分だけが思っているものを
作ることはやっぱりおもしろくなかった。
それよりもお互いの意思を共有した上で、
こちらが話を振ったことに対しての返答だから、
「あの話、こういうふうに解釈したのね」っていうのはおもしろい。
だから親分の言うことは納得できるし賛同する。

だけどトッパンには私の子分ができたし、
実務的な作業すらやることがない。
メタボな先輩がいるから、情報だってそこでまとめればいいし、
先手打って布陣を決めてしまうんなら勝手にやればいい。
意思を持ってやっているのは親分で、だからつまり、食えるとこなし。
現場にしかいたことのない私にとって「何もしない」って、
本当に我慢も満足もできることなんかな、と思ってしまった。
それに、私、トッパンの人じゃないしね。

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