2013/09/01

やまださん。

今、ふと思い出したので、忘れないうちにメモ。

大学時代に、私は京都のホテルの和食でアルバイトをしていた。
客の前に出られるようまでに訓練されれば着物(簡易の)を着ることができ、
しかもその着物にもランク付けがあるので、
当然ながら、アルバイトも社員も、
一番いい着物を着られるようになることに憧れるような職場だった。
春や秋などの京都の稼働率数百%の時期にもフロアは優雅。
一食一万数千円の食事に見合った料理とサービスが提供される(ていたと思う)。
でも、もちろん、一歩裏方に入れば、えーらいこっちゃ、の形相で、
洗い物に手が回らずそこらかしこにグラスや皿が散らばり、
みんなの顔は、フロアでのそれと違って、戦闘態勢に入っている。

やまださん、というおばちゃんがそこにはいた。
料理長が料亭で仕事をしていたときからずっと共に働いてきたらしい。
やまださんは、いつも調理場のカウンターの前で、
注文伝票を確認し、返される皿の様子とタイミングを見ながら
次の料理のタイミングを操作する。

たとえば、前菜、椀もの、お造りの3つはタイミングを計らない。
注文を受ければ指示を待たずに作って供される。
やまださんは、その3つが返される様子とタイミングを見て客を想像し、
それと、調理場の様子から頭の中でパパパッと計算して、
その後に予定される焼物以降のタイミングを調理場に指示をする。
通路に、ランダムに洗い物が並んでいても、
やまださんには、どれがどのテーブルのものかがきちんとわかり、
それを見て、また調理場に指示を流すのだった。

やまださんがフロアに出てくるところは見たことがない。
目安はあくまで返ってくる皿、だから、
皿が返ってこなければ心配し(あくまでクールに)、
皿に物が残っていれば不安を顔に表す(でもクールだった)。
空になった皿がスイスイといいテンポで返ってくると
肩をはずませながら忙しくしていた(ように見えた)。
やまださんの仕事がフォーマット的になることはなかった。
過剰に感情移入をすることもなく、ブレたりもしない。
だから、愛があるように見えたし、人間的に思えたし、
皿に何かを載せるわけじゃないけど
料理にきちんと緩急をつけているようで、
なんかちょっとかっこよかった。
こういったデシャップの仕事は、他のレストランや、
ちょっとランクの高い居酒屋ならば普通に見られる。
私の働いたことのある他のレストランなんかでは、
次のタイミングを計るためにフロアに出ることが必要だったけど、
フロアに出てテーブルの様子を見たところで、
大事なことは実はなんにも見えていなかったのかもしれない。
そういえば、フロアのほうがアタフタと
やまださんに客の様子を相談している場面はよくあった。

やまださんはフロアに出ないので着物は着ない。
代わりに、私たちにとっては屈辱的と思えた黒子のような制服を着ている。
他の、洗い物をしたりするパートのおばちゃんたちのように
馴れ合ったりしないし媚びたりもしない。
仕事が終ればタバコを一本だけ吸ってさっさと帰る。
いつでも化粧っけなく、それでもシャンとしてかっこいい。
初め、私も優雅に立ち回るフロアのいい着物に憧れていたけど、
4年間そこで働いていた間に、やまださんに憧れるようになっていた。

あれからもう10年以上になる。
やまださんは、まだそこで働いているのかな。
いや、京都のホテルもいろいろと再編されたりしたし、
さすがにもういないかもしれないな。

0 件のコメント: