2011/04/05

メダカもバテる春。

家ではメダカを飼っている。
冬の間には、大きな鉢の中に十匹ほどいた。
卵から子どもも孵って、大事に大事に育ててきたのに、
この日曜日におネエのダンナが鉢を洗っていて、
そのときにほとんどの稚魚は流してしまったらしい。
(稚魚を鉢に入れていたこと、気付かなかったようで…)
しかも、「あったかいところのほうがええやろ」と
庭の、一番の日の光の入るところに鉢を移動させたら
メダカの数は激減し、たったの4匹になってしまった。
生きているヤツも日陰を探して泳いでいる。
これはかわいそうやろ、と母と話し合って、
今日の昼間、鉢を、元あった日陰へと移動させることにした。
鉢はかなり大きくて重い。
二人掛かりでもかなり怖い。
何度か休憩をはさんでようやく元の場所へ戻すと、
心無しかメダカが急に元気になったような。
やっぱり暑かったのね。

そんなに興味を持って見たことがなかったけど、
これを機会に鉢の中を覗いてみた。
自分が助けてあげたという感じもカワイさに拍車をかけるようで。
よく見てみると赤いメダカが2匹と黒いメダカが2匹が残っている。
赤いメダカの1匹はずっと岩陰に隠れてなかなか出てこない。
もう1匹の、ちょっと色の薄いほうの赤いメダカを巡って
黒いメダカの争いか、赤いメダカが動く先へ先へと
黒い2匹のメダカがくっついてきていた。

今、母が川へ新しい水を汲みに行ったので、
水温も下がって元気にスイ〜っと泳ぐ姿が見られるはず。
よかった、よかった。

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咲くのは
桜の
勝手でしょ


東京都心の最高気温が23.9度まであがり、
横浜や八王子で観測史上最も早い
桜(ソメイヨシノ)の開花を記録した3月16日。
アジア、ヨーロッパの広い範囲で、
30年に一回程の高温現象を観測した21日、
満開の桜を春の嵐が散らした22日……。
翻弄され続ける春のなか、京都嵯峨野に佐野藤右衛門氏を訪ねた。
「今年の桜は早いですね」。
挨拶代わりのつもりだったが、氏は返した。
「普通や。何に比べて早いんや」

天保3年御室・仁和寺の造園工事を手がけた造園家、佐野藤右衛門。
その16代目にあたる氏が、
祖父、父に冠せられた「桜守」の名を継いだのは、
15代目とともに命を終えた枝垂桜の姿を見た53歳の時だった。
日本中を度して名木といわれる桜の種や枝を持ち帰り、
その子孫を守らんと努めた祖父と父の想いを、
それから20数年、自然と継いでいる。

あるものは散りはじめ、あるものは満開で、
またあるものは寒い盛りに花を咲かせる。
ヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラの3つを原点に
自然交配で増えてきたそれぞれの子孫たち。
その間を、時に手に触れ、時に花びらを口にふくみながら、
慣れたリズムで歩いていく。

「花の時期を過ぎたら、みな忘れてしまうけどね。
桜の花は、それまでの1年を生きてきた結果として咲くんや。
せやから今こうして咲いている花を見れば、
去年の夏はどうだった、秋はどうだった、冬はどうだったとわかるし、
毎日守りをしていれば、次の開花も想像はできるわな。
そら、桜だけが突然ポンと咲いたらおかしいわ。
けど、すべてが普通や。桜と同じように虫も鳥も動いとる。
人間が遅れとるんや。たぶん、そうやと思うわ」

一番の桜などない、すべての桜がそれぞれに好きだという桜守。
人工的に作られたソメイヨシノは桜の仲間にいれていないと言うものの、
それが私が日常に見られる桜だと話すと、
「生き物として見てやれや。毎日毎日気にかけてやれや」と微笑んだ。
この秋冬、見慣れた街路樹の紅葉や落葉に、
私ははじめて気づくことができた。

※『翼の王国』2003年1月号
特集「サイタ サイタ サクラガ サイタ」
文/芦澤牧、南部洋一


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そういえば、2〜3年前に四国にある会社の仕事をしていたころ、
営業者で高松から高知へとよく移動をしながら、
四国山地を超え、大豊へ着くくらいには上着をひとつ脱ぎ、
南国市ではもうひとつ上着を脱ぎたくなるくらいに
同じ四国でも「気候が全然ちゃうな〜」と感じたこともしばしば。
気候…というよりは日差しの強さの違いというべきでしょうか。
私の家は四国でも最も気温の低い地域ですので、
「高知」だからと侮るべからず。
昼間はメダカもノびるほどキツい日差しですが、
日差しを浴びない室内はまだまだ寒く感じるほどなので…。
(朝の気温は零下!)

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畑では、水菜が花を付けていました。
この花の部分(咲き始める前)が柔らかくておいしい!
ナマのままサラダにしても、お浸しにしても。

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