のらり・くらり、は、
想像していたようにあっという間だった。
逆に、ほとばしる緊張感で暮らす日々は体感時間が長いようで、
たとえば、トッパンやミーツにいた時間と
こんなに退屈な今とが同じくらいの期間だと思うと、
「え、そんなに?」と、当時の自分に時間を分けてあげたくなる。
たとえば、トッパンやミーツにいた時間と
こんなに退屈な今とが同じくらいの期間だと思うと、
「え、そんなに?」と、当時の自分に時間を分けてあげたくなる。
以下、ポイ・ポイと忘備録がてら。
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私は人生について深く考へる事は余り好きでない。
我々の生きている事について、
何故とか、何のためとか考へた事はない。
そのような事はなるべくそつとしておくことにしている。
深く考へることに自分の性格が堪えられるかどうかが
恐ろしいのである。
すべて私の生活はかくの如くごまかしであるので、
辻によつて責められる事が多い。
私も気の弱い事では辻と同じであつた。
二人で旅行したりする時なども列にわり込む事も
切符をごまかす事も出来なかった。
たゞ私はその気の弱い事を表面的にごまかそうと努め、
辻はそれを内面的に解決しようとしていたのだろうと思う。
(中略)
我々若い時代の者は
将来一流の人物になれる様な気がばくぜんとしている。
併しよくよく考へてみると我々は何の実に於て
万人に優れた才能を持つているのだろう。
確然だる論拠なに一つなくして
而も将来に対して途方もない希望を持つている
人生の一時期を青年時代と称するのであろうが、
この意味から云つて辻には青年時代があつたろうか。
余り頭が良すぎて自己の才能を分析しすぎたのではないか。
我々は社会の波にもまれ、自己の才能の限界を知らされ、
従つて野心のスケールのどんどん小さくなるにつれて
幻滅を感ずるのであるが、
辻はすでに限界を自分で定めて思ひ込んでしまつたのだろう。
※『星新一 一〇〇一話をつくった人』著/最相葉月
(星新一から友人への追悼文の引用)
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勉強に飽きてネットをウロウロしていたら、
思わぬところで、
実家から30分〜45分ほどにある森林を思い出すことになった。
相変わらず大学受験に向けての勉強は続く。
今年もダメだったので(後期試験は受けず)、
ココロの中で設定していた「3年まで」にいよいよ突入。
今は、広島の大学にて教鞭を握ることになった母に寄生して
広島は呉にて住んでいます。
工場の煙で空気が臭い。
広島は呉にて住んでいます。
工場の煙で空気が臭い。
これからのこと、想像すると気が遠くなる。
受験のこともそうだけど、希望のところにうまく入れたとしても、
入れなかったとしても、人生はまだまだ長い。
ちゃんと空気を吸って吐いてしながら(臭いけど)、
日々機嫌よく、気長に過ごしたい。
今後は少しずつ日記をアップしてみよう。
とりあえず、今飼っているメダカのことは、
記録しておいたら何かの役に立つかも…?
(取り急ぎ、生物の実験の足しくらいには…)
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